そのアトリエは溺愛の檻
いつもよりほんの少しだけ緊張して応接室をノックしてドアを開ける。「失礼いたします」とお辞儀をして顔を上げた。

その瞬間、時が止まった。


部長「どうぞ」と声を掛けられ、我に返り、なんとか歩き始めた。固まったのは一秒もなかったかもしれない。だけど、その時確かに目が合ったのだ。部長の前に座っているお客様が私をじっと見ていた。


確かに先輩の言う通りいい男だった。だけど彼がかっこいいから固まったのではない。そこに座っていたのは、金曜日の写真展の男・シゲアキだった。


「話はメールで送っていただいたので理解しているつもりです」

どうしてあなたがこんなところにいるのと叫びたい気持ちを、部長のお客様なのだからと自分に言い聞かせ、なんとか抑える。

私が動揺を顔に出さないように奥歯を噛み締めてコーヒーをテーブルに置いている最中も、彼は何事もなかったかのように部長に話し続ける。


「普段はこういった依頼は受けていないのですが……」

「存じております。しかし」


「はい」と彼は部長の言葉を笑顔で遮った。

「とても熱意のある文章でしたし、せっかく地元の企業ということで、今回はお受けする方向で考えているんです。僕がちょうどこっちにいたのも縁かなと」

「ありがとうございます。嬉しいお返事をいただけててホッとしました。社長の倉橋も喜びます」
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