そのアトリエは溺愛の檻
芸術の世界は一般の世界とは違うのだろうけど。こうやって緊張をほぐすのが普通なのか気になってしまった。

なんとなく言いづらいから小さな声で言ったら、「まさか」と軽く笑われた。


「この撮影は特別。百音の目に俺以外何も映さないようにしたくて。それにはこれが一番かなって。
撮影中は緊張する心の余裕もないくらい俺に集中してもらいたいし。だからキスでダメならその先もするよ」

「その先って……、えっ、冗談ですよね?」

「試してみる?」


ゾクッとするような笑顔で見つめられる。

どうすれば自分が相手の瞳に魅力的に映るのかをこの男は絶対に知っている。その目線も仕草も声もすべて、悔しいくらいかっこいい。

直視していると再び過ちを犯してしまいそうなので、立ち上がって壁に掛けられた写真を見た。


「重秋さんは、自分がモデルになればいいのに。きっと魅力的な写真になるのに」


素直な気持ちだった。

ここには人物の写真は一枚もなくて比較できるものもないけど、本当にどうして、こんな素人で何もわかっていない私がモデルなのか不思議だった。きっと重秋がモデルになるほうが何百倍も素晴らしい写真になると思う。
< 37 / 113 >

この作品をシェア

pagetop