そのアトリエは溺愛の檻
全く予想していない質問に驚く。口説き文句なはずはないし本当に尋ねられているのだろう。そして、彼とは初対面のはずだった。


「いえ、初めてだと思いますが……」

「そうですよね、すみません。さっきお会いした時見覚えがあった気がしたんですが。記憶力はいいほうなんですけど気のせいのようです。失礼しました」

「いえ」


その後、無言のまま、アトリエのマンションに着いた。

今までエントランスからしか入ったことがなかったので、このマンションに駐車場があることを知らなかった。駐車場から直接エレベーターに乗って部屋に行けるので、万が一記者がマンションのエントランス付近で張っていても見られることはないらしい。重秋もこうやってアトリエに入ったそうだ。


そう説明してくれた冬樹さんは私を駐車場で降ろすと、そのまま帰っていった。


本当に送ってくれるだけだったんだ。もしかしたら一緒にアトリエに行くのかと少しだけ期待していたのに。

今日に限っては重秋と二人っきりで会うのが不安だった。彼女の話を聞きたいけど、聞きたくない。とても気になるのに何も知りたくない。自分の感情が整理できなくて、混乱している。


でも仕事だし、行かないと。


私は深呼吸をしてエレベーターに乗り込んだ。
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