そのアトリエは溺愛の檻
「いらっしゃい。あれ、冬樹は?」

「私を降ろしてそのまま戻りました」

「そっか。渡すものあるから寄れって言ったのに。まぁいいか、また今度で。百音、悪いね、いろいろと面倒かけて」

「いえ。こちらこそ大変な中すみません」

「大変か、そうだね。本当に参ったよ。自由に動けなくなるし、窮屈すぎて逃げて来た」


彼女について話す気配はなかった。その時、彼女との関係を否定してくれることを心の底で願っていたということに気づき、また苦しくなった。


「あれ、顔色悪くない? もしかして今日体調悪かった?」

「少し頭痛があるんです。酷くないから大丈夫なんですが」


頭痛だけじゃない。こうやって重秋と向き合っていると、胸も痛いし息が苦しくなる。彼といると嫌でもこのアトリエで二人で過ごした日々を思い出す。見つめあってキスしたこと、彼の腕の中に包まれ、ドキドキしたこと。


彼も今井さんと同じで複数の女性に愛を囁くことを何とも思わないのだろうか。いや、所詮私なんて彼からしたら軽い女だし、愛なんてないただの遊びだったのかもしれないけど。
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