王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
「一緒にいて楽しい娘がいいですね。あまり政治には口を出さず、俺の癒しになってくれる女性がいい。気のいい王妃の周りには、彼女を助けようと思う人間が集まるはずです。王妃の周りが笑顔になるなんて一番いいことではありませんか? でもあの舞踏会を何度開いたところで、そんな娘には出会えそうもありません。父上、もう舞踏会を開くのはやめてください。いつか運命の出会いが俺のもとにも訪れるはずですから」
「何をのんきなことを言っておるのだ。今回の社交期に妃候補を見つけなければ、お前は二十歳になってしまうではないか」
「別に二十歳で独身でおかしなことなどないでしょう。焦るとロクなことはありませんよ」
「わしは、お前の年の頃には結婚していたぞ!」
「父上は父上。俺は俺です。……あ! 父上、約束の時間なので失礼します」
「約束? 誰とだ。おい、ギルバート」
「夕刻までには戻ります。書庫で騒ぐのはよくありませんよ」
ひらりと身をひるがえし、ギルバートは父をその場に残して書庫を出た。
駆けるように部屋に向かい、急いでぴちぴちの貴族服を脱ぎ、騎士団服に着替える。厚地のシャツの上に騎士団の紋章が縫い込められた黒色の胴着。腰のベルトは剣の鞘を納められるつくりになっている。足元はグレーのパンツに膝まで覆うブーツ。
騎士団に支給されている服の中でも、平時に着る簡易なものだ。儀式のときは軍服を着るし、戦闘のときは、更に手も足も含めた体全体を覆う甲冑をつける。
ギルバートは一時期騎士団に入って訓練を受けていた時期があり、抜けた後も支給された服を返さず、城を抜け出すときの変装道具として持っているのだ。
髪の分け目を替え、帽子をかぶる。これで、誰もこの男がギルバートだなどとは分からなくなる。
変装に満足したギルバートは、そのまま人目につかないように部屋を出た。