王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
「きゃあ、ギルバート様、どうなさったの」
「頭が……。すまない。最近どうも体の調子が悪くて」
「お部屋でお休みになりますか?」
「しかし、今日は大事な日だ。大丈夫、少し休めば平気だよ」
「ですが」
「心配しないで、エマ。俺は大丈夫。君をひとり残しては行かないよ」
シャーリーンは動きを止める。ギルバートは今だ自分の失言に気づいてはいない。
しかし、名前を呼び間違えられたという事実は、シャーリーンを打ちのめした。
「……じゃないわ」
棒立ちになったシャーリーンを、ギルバートが振り仰ぐ。
彼女は目を潤ませ、憎しみをあらわにした。その顔はギルの脳内のシャーリーンと重ならない。
「え?」
「私、エマじゃないわ」
「……エ……マ?」
名前のスペルが、頭の中で踊った。なにか呼び掛けてくるようなのに、思い出そうとすると頭痛が襲ってくる。
割れるような痛みの中、ギルバートは揺れるダークブロンドを見たような気がした。
と同時に、視界が真っ暗になり、体から力が抜け崩れ落ちる。
「きゃああっ」
再びシャーリーンが悲鳴を上げる。
国王が駆け寄り、ギルバートに呼びかけるも、反応は全くない。すぐさま医者が呼ばれ、シャーリーンは何があったのかと責め立てられたが、唇をかみしめたまま、涙を浮かべて頭をふっている。
「違う。私、そうじゃない」
惚れ薬を使って、振り向いてもらった。優しい瞳をむけて、肩を抱いて、髪にキスを落としてもらった。
ずっと望んでいた、ギルバートとの甘い日々。
それがこんなに悲しいことだなんて、シャーリーンは思わなかった。
「エマじゃない。……エマなんかじゃない。お願い」
“愛するならちゃんと私を愛して”
シャーリーンは泣き崩れ、ギルバートは意識が戻らないまま部屋に運ばれた。
当然ながら夜会は始まってすぐに閉会となり、彼らの婚約は宙に浮いた状態になった。