王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
「ギルバート様、どこに行くんですか」
入り口で見張りをしていたのは従者のリアンだ。
「リアン、見逃せよ」
「いけません。国王様からのご命令です」
「だったらお前が代わりに相手をしていろ。俺はトイレだ」
追いかけてくるシャーリーンめがけてリアンを突き飛ばし、ギルバートは廊下に飛び出すと、手近な部屋に滑り込んだ。
客間だったが誰もいない。座り込んで、しばらく身を隠そうとした。
「父上め、よりによってあの二人を選ぶなんて」
範囲が狭められたことで、より具体的に考えられるとでも思ったのだろうか。
たしかに具体的に考えられる。あの二人を思い出しても、ギルバートの心は少しも動かない。
あの場で、ギルバートの頭に浮かんだ人物は、素朴なワンピースに清潔そうなエプロンを付け、ダークブロンドのポニーテールを揺らす、笑顔の可愛らしい女性ただひとりだ。
「エマ……」
エマはただの薬屋だ。妃にしたいと言っても、国王は納得してくれないだろう。
だがあの薬の効果を見せれば? あれだけの薬だ。王家で支援して国の一大産業まで盛り上げることもできるんじゃないか?
そうなれば国への貢献をしたとして下級でも爵位を与えられないだろうか。
まずは国王にあの薬の効果を実感してもらって……
「……駄目だ!」
思考が行き止まってしまった。
それでは自分が王子であるとばれてしまう。嘘をつかれていたと知ればエマは自分のことをどう思うだろう。
ギルバートは焦り、混乱した。
ただひとつ、明確になっている意思は、妃にするならエマがいいということだけ。
「まずは彼女の気持ちを確かめなければ……。俺のことを、どう思っているのか」
ギルバートは大きなため息をつきながら頭を抱える。
彼のそんな姿をあざ笑うように、軽快なワルツのメロディが流れだした。