王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~
(……どうしよう)
ペラペラと薬づくりの本を見る。
薬づくりの魔女は、師匠の魔女の持っているレシピを自分で書き写し、実践して薬の作り方を覚えるのだ。エマの師匠は母親のベティ。そしてベティは魔女の中でも少しばかり好奇心が強すぎる性質で、禁止とされている薬についても作り方を書いていた。
それによると、惚れ薬は飲んだ相手の感覚を鋭敏にし、心拍を上げる薬のようだ。記憶に作用し、恋しい相手が目の前にいる人間であると一時的に認識させる。
性的な興奮を促す効果に特化した媚薬に対して、惚れ薬のほうが精神に作用する力は大きい。
エマはレシピ帳を見ながら、薬の材料をチェックした。
「材料はあるなぁ。でも、惚れ薬なんて……ねぇ」
呟きながらも、エマの脳裏に騎士服を着た精悍な男性が浮かぶ。
叶うはずのない身分違いの恋。ギルとの間には未来がないはずだった。
(でも、これがあれば、ギルも私に恋をする……?)
その思い付きは、予想以上にエマの心をつかんだ。
(……いや、ダメよ。薬で人の心を動かしちゃいけないって。自分で言ったばかりじゃない)
彼が自分に愛を囁く想像が、頭に広がる。そんなことが起きたら、どんなにか幸せだろう。
見る見るうちに妄想の虜になっていく自分が恥ずかしかった。
恋する乙女はなんて身勝手なのだろう。
(シャーリーン様を責める資格なんてないわ)
たった一度でもいい。物語に出てくるようなロマンスを体験してみたい。
薬が効いている間だけでも、ギルと恋ができたら?
恋の思い出をひとつでも持てたら、この先もし誰とも結婚できなくても、それを糧に生きていけるかもしれない。
悪魔のささやきのような思い付きはエマの心から消えない。
エマは大きなため息をつき、思考をすっきりさせるべく、頭を振った。