王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~

「うわ、大変」


エマは再びこぼれた紅茶を拭く羽目になった。が、今度は謝罪の言葉はなかった。
セオドアもヴァレリアもお互いしか見えていないようすで、見つめ合っている。


「嘘だ。侯爵令嬢のあなたが、……俺なんかに」

「優しく私の話を聞いて、内面まで褒めて下さったのは、あなただけですわ。皆、私の外見に惹かれているだけです。でもあなたは違うでしょう? 私、あなたと話した日から、あなたのことしか考えられなくなりました。どうかセオドア様、私の手を取って……!」

「俺だって、ひとめぼれです。あなたの清らかな心に、触れてみたいと願ってしまう自分を、どうやって消そうかとずっと苦悩していたのに」

「消さないで。私をちゃんと見つめてください」

「ヴァレリア……!」


完全にふたりの世界に入っている。
エマは彼らの下で出来るだけ気配を消しながら、とりあえずお茶で汚した部分をふき取り、こそこそとギルの傍に戻る。


「どうやらうまくいったようだな」


顔を上げれば、ギルが端正な顔をくしゃりと崩してエマに笑いかけていた。
エマの心は、羽が生えたようにふわりとしてくる。

視線の先には、頬を染めて見つめ合うセオドアがヴァレリアの姿。
大柄で武骨なセオドアはまるで姫に忠誠を誓う騎士のようで、騎士物語の表紙にでもなりそうな光景に、エマも胸をときめかす。


「素敵ね。身分なんて関係なく、人を好きになれるなんて」

「ああ……」


惚れ薬なんてなくても、本物の恋はうまくいくんだ。
エマはそう実感し、先ほど使った、まだテーブルにのったままの惚れ薬の小瓶を見つめる。

(みんなが帰ったら、あの薬は捨てよう)

薬の力で誰かに好きなってもらおうなんて、やっぱり間違っている。
恋の薬なんて、本当に好き合っている人たちには必要ないのだから。


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