王太子様は、王宮薬師を独占中~この溺愛、媚薬のせいではありません!~


 三十分も経っただろうか、いつまでも窓をつつくのをやめないバームのお陰で、エマは自分を取り戻した。

泣いてばかりではバームを心配させてしまう。目尻を拭き、もう大丈夫だとバームに言おうと立ち上がる。
シャーリーンが再びやって来たのは、そのタイミングだ。


「……シャーリーン様?」

「あなた、嘘をついたわね? ちゃんとできているんじゃないの、惚れ薬」


そのまま奥のソファに近づき、テーブルの上に置かれた小瓶を拾い上げる。


「あ、それはダメです」

「話、聞いていたのよ。これ本物なんでしょう? ヴァレリア様があの騎士に恋をしたのはきっとこれのお陰ね。
王太子様があなたを好きって言ったのも、きっとこれのせいなんでしょ? でなきゃあなたみたいな庶民の、貧相な女、王太子様が好きになるわけないじゃないの。まるで魔女ね! こんな薬で男をたぶらかして」


“魔女”というワードがでて、エマは体をびくりと震わせた。


「あ、あなたが作れって言ったんじゃないですか」

「ええ、そうよ。だからこれはもらうわね。こんな薬があったら、あなたが悪いことをするもの。没収よ。この薬を作ったこと、誰にも漏らしちゃだめよ。でないと私、あなたが魔女で王家の乗っ取りを企んでいるってお父様に言うわ」

「な……、そんなのでまかせよ。ひどいわ!」

「ひどくなんかないわよ。これは交換条件。この薬を作らせたのが私だってこと、一生黙っていてくれたら、あなたの家を支援し続けるようお父様にお願いしてあげる。ほら、メリットもあるでしょう?」

「ダメです」


薬を奪い取ろうと駆け寄って、エマは驚きで一瞬動きを止めた。
シャーリーンの瞳も、まるで泣いた後のように潤んでいるのだ。そのためらいの間に、シャーリーンはエマを振り払う。

「じゃあね。約束よ。決して他言しないこと」


言い捨てて、シャーリーンは踵を返した。
追いかけようとしたエマの目の前で、すべての終わりを告げるように扉が閉まった。


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