20代最後の夜は、あなたと
伊勢くんちから私の家に行くには、ターミナル駅で乗り換える。


もう23時近くになるのに、大きな駅はたくさんの人で混みあっていた。


伊勢くんは、晴れているのに傘を持って、私の隣で珍しく話し続けていた。


学生時代、家を出る5分前に起きても間に合ったことがあること、会社に入ってからの最大の失敗は、社長と専務の区別がどうしてもつかなくて、本人の前で名前を間違えたこと。


いま話さなくてもいいことを無理矢理話し続けて、何かに必死に耐えているように見えた。


電車がきます、というアナウンスがあり、なんとなく向かいのホームに視線をうつした。


信じられなかった。


課長が、背の高い美人に腕を組まれて、立っていたから。


課長は私に気づいていないようで、話しかけてる美人の顔を見ていた。


「宮本、どうかした?」


固まってる私の視線をたどった伊勢くんは、


「マジかよ」


とつぶやくと、何も言わず私の右手を握った。


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