20代最後の夜は、あなたと
伊勢くんは何も言わず、私の右手を握ってくれていた。


課長を憎むとか、隣にいた美人に妬くとか、そういう感情はいっさい出てこなかった。


涙も流れることはなかった。


課長はたぶん、私をからかっていただけなんだ。


俺が本気になれば簡単に落ちるんだよ、な?とか、課長が誰かに自慢してたとしても。


課長の罠にひっかかった私がバカだったんだなー、と反省はしても。


課長に事実を確認する気にもなれないし、もうどうでもよかった。


今日が金曜日で良かった。


課長に会うまで、2日間ある。


「宮本んち、次の駅じゃなかったっけ?」


「え、あっそうそう、ごめんごめん」


伊勢くんは、追求することも励ますこともなく、ふたりで黙って私の部屋まで来た。


「送ってくれて、ありがとう。


また月曜にね、お休み」


伊勢くんの左手を、そっとほどいた。


< 108 / 197 >

この作品をシェア

pagetop