20代最後の夜は、あなたと
車の中は、ふたりだけの密室だ。


そう意識してしまったのは、何か話があるのかと思ったのに、課長は何も話さないからだ。


なんだか、車内の空気が重くて息苦しい。


一言も会話を交わさないまま、駅に着いてしまった。


「ありがとうございました、失礼します」


ドアを開けて荷物を取ろうとした瞬間、課長は私の腕をつかんだ。


「痛いっ・・・」


思わず口走った時、霧島課長は私にキスをした。


「どこにも行くな」


吸いこまれてしまいそうなほど、課長の目力は強力だった。


「変な冗談はやめてください」


「俺は本気だ。


紗和を、誰にも渡したくない」


「無理です、私は伊勢くんとつきあってますから」


「どこへ行くんだ」


「札幌です」


「気をつけて行けよ」


それっきり、私の顔を見ようともしなかった。


荷物を持って車を降りると、課長は静かに発進した。


なんなの、いったい。


キスの感触だけ唇に残したまま、電車に乗った。


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