20代最後の夜は、あなたと
「紗和」


改札を出てキョロキョロしていると、懐かしい声が聞こえた。


「あ、伊勢くん」


手を振ったら、照れくさそうに振り返してくれた。


「ごめんね、たくさん心配かけて」


「ほんと、すげーイライラした。


けど、もういいから。


こうして、俺のとこに帰ってきてくれたじゃん」


伊勢くんは、私の髪を優しくなでてくれた。


伊勢くんの笑顔が、私の胸の奥をあったかくほぐしてゆく。


お互い実家で過ごした話や、家族のこと、同級生のことなんかを話しながら、伊勢くんちへ向かった。


「俺、両親に転職のこと言ってきた」


「そっか、直接話すいい機会になったんだね」


「紗和のことも、話してきた」


「えっ?」


予想外すぎるんだけど。


「今度、連れてきなさいってさ」


「そう、だね」


「まだ早かったか?」


「え、そんなことないと思う、よ」


・・・なんでこんなたどたどしい話し方なんだ。


我ながら情けない。


「良かった、俺だけ早まってんのかと思ったから」


伊勢くんの左手が、私の右手を絡めとる。


このまま、甘えたらきっと楽だ。


それはまるで、媚薬のように私の心を包んだ。


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