35階から落ちてきた恋
深夜、疲れて眠っていた進藤さんと私は木田川さんからの電話で目が覚めた。

「やられた。あのUSBのデータが動画サイトにアップされてる。急いで削除したが、もうかなり拡散してしまったと思う」

進藤さんの耳に当てられたスマホから漏れ聞こえた木田川さんの声が隣にいた私の耳にもはっきりと届いた。

まさか。
あれは完全な私たちのプライベート。
怖い。

急に自分の身体の奥深くに知らない人たちが土足でずかずかと踏み込んで荒らされるような恐怖感に襲われる。
悪寒がして震えが始まる。
イヤだ、怖い。
それは記者たちに声をかけられた時とは違う恐怖感。
不特定多数に裸を見られたような嫌悪感。

身体を縮めて震えだした私に気が付いた進藤さんはその大きな身体で私を包もうと両手を広げる。

「果菜、大丈夫だ。お前の顔がしっかりと映ってるわけじゃない。それはわかってるだろ?」

そう、恥ずかしいから顔を写さないように頼んだ。羞恥で集中力が削がれるのが嫌だった。だから映像は月に向かって歌う私のバックショットと演奏する進藤さん。

顔が映ってないことだけがせめてもの救いだけど、あれは完全に私の内面を出しているものだ。
進藤さんに対する信頼や愛情。
ヒロトさんと琴美さんへの感謝の気持ち。
全てを込めて歌ったものだった。
だからこそ、他の人には絶対に見られたくないものだったのに。

私はアーティストじゃない。
他人に見られることを前提としていない。
アーティストであれば全身全霊を込めて人に見せるものを作り出してそれを評価されることを望むのだろうが、私はそうではない。
他人になんて評価されたくない。

怖い。

今までと違う感情に支配されている。
進藤さんの隣で立っていようと決意したのに。
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