35階から落ちてきた恋
あのマンションの進藤さんの仕事部屋から見る月が好きだった。
東京の街は明るすぎて星をきれいに見ることができない。でも、月なら街の明かりに負けることなく輝いている。

あの部屋で二人で過ごす時間が好きだった。
いつも一緒に歌ったりしていたわけじゃない。
進藤さんは仕事して私はあのソファで本を読んだりうたた寝したり・・・。

正式に付き合うようになる前からずっと私たちはあの部屋で寛いだ時間を過ごしていた。大切な思い出の詰まった部屋だった。
でも、もう怖くていられない。
それに私だけが大切な思い出だと思っていたのかもしれない。

進藤さんの過去の女性関係はほとんど知らない。
過去の女性たちともあの部屋で過ごしていたのだろうか。


「果菜はどこがいいんだ?」

上の空だった私はハッとして作り笑顔を浮かべる。

「私ならどこでもいいよ?」

途端に進藤さんの目が細くなる。

「お前、何にも聞いてなっかたし、考えてないだろ」

あまりに図星でうっと言葉に詰まる。

「ごめんなさい・・・」

山崎社長は向かいに座っていた私の頭に手を伸ばすと撫で始め、私が驚いて顔を上げると優しく笑った。

「今日無理に決めることはないから、まず二人で話をしなさいな」

スッと立ち上がり「さあ、今日はこれで終わり。明日の午後には貴斗は九州入りしてもらわないと。今回は5日は帰れないんだから今夜のうちに話し合いなさい」
と進藤さんに私の荷物と上着を押し付ける。

「社長」

「いいから早く帰んなさいって」
山崎社長はにこやかに私たちの背中を押し始める。


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