35階から落ちてきた恋
ヒュっと喉の奥から変な音が洩れる。
今、何とおっしゃいましたか?
背中に冷たいものがサーっと流れる。
「無理ですよっ。無理、無理!本当に無理ですから」
「うん、無理強いはしないから大丈夫」
清美さんは笑って手をひらひらと横に振る。
ホッとすると同時に「やっぱり人の目に触れてるんですね」と呟いてしまった。
「うん、ネットに流されちゃったからね。削除依頼はしてるけど」
「余分なお仕事増やしてしまってすみません」
「果菜ちゃんがそんな事気にしないのよ」
清美さんがチーズのディップをつけたサーモンのジャーキーを私に手渡した。
素直に受け取ってぱくりと口に運ぶ。
「私も見たんだけどねー、イイ感じだったね、二人とも。そのままミュージックビデオで使えそうだったし。あれ、貴斗がセッティングして撮影もしたんでしょ?」
「そうなんです。撮影者がいたら緊張しちゃうんで」
「へぇー、貴斗って映像の方も才能あったのね。月を背景に果菜ちゃんのシルエット。すごく良かったわ」
「はい、私も見て驚きました。自分じゃないみたいで」
「ううん、貴斗と果菜ちゃんの世界観がよく出てたと思うわよ。このまま使いたいくらいだけど、本人たちが望んでないから諦めるけど」
私は苦笑した。使うって何に使うんだ。
「でもさー、貴斗ってほんと、果菜ちゃんにベタ惚れなのね。愛がないとあんなビデオ作れないもの」
えええ。
何て返事したらいいのかわからないんだけど。
俯いてワインをごくりと飲んだ。