35階から落ちてきた恋
木下先生に初めに言われた『ナンパをされておいで』という課題はクリアしたようなしていないような状況。

それというのも、私はこのバーで男性から声をかけられないわけじゃない。
ただ、そのお相手のほとんどが年配の男性。
ほとんどが、1杯アルコールをご馳走してくれて少し話をすると「おやすみ。楽しかったですよ」と帰っていくオジサマってパターンなんだ。

これはナンパじゃないよねえ。

まあ私も深追いされても困るからそれでいいんだけど。

私の目的はナンパじゃない。
一人でここに飲みに来る緊張感。そして私だっておしゃれをしたらまだまだいけるって自己肯定感。
今はまだ、素敵な人に出会うまでの準備期間なんだから。

「お待たせしました」

アツシさんが私の前にお代わりのカクテルを差し出す。レッドアイはとうに飲み干していた。

「ありがと。うわ、すごくきれい。これ、何?」

「フローズンストロベリーマティーニ。果菜さん、これ飲んだらおとなしく帰っったら?帰り道もその辺で居眠りとかしないでよ」

「やだ。まだ帰らない。大丈夫だってば。今日はちょっと気分転換したいだけだから」

「果菜さんになんかあったら俺、姉と義兄に殺されるからね」
そう言ってアツシさんはニヤリと笑った。

「お店を出た後のことは自己責任です。・・・あ、これ美味しい」

マティーニのグラスにピンクのフローズンカクテル。イチゴが乗っている。

暖房で火照った身体に冷たくて甘酸っぱいフローズンカクテルはちょうどいい。

「あー、やっぱりアツシさんのセンスって最高だわ。いつもありがとう」

「どういたしまして」

私の肩をポンっと軽く叩いて「激務のシーズンが終わったらゆっくりおいで」とカウンターに戻っていった。

私は黙って微笑んだ。

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