35階から落ちてきた恋
朝からほとんど食事を摂っていなかったらしく、脱水症状もあるからと点滴が必要。

衣装がかかっているハンガーラックを引き寄せて持ってきたS字フックに点滴ボトルをかけセットをつなぐ。
ぐったりしている進藤さんの左上腕の袖をめくって「ちょっとチクッとしますよ。動かないで下さいね」と声をかけて針を刺し点滴を開始した。

進藤さんはほとんど身動きもしない。

「ここでできるのはこの程度だけど、これからどうするつもりなの」
木下先生はおろおろとする木田川さんや周りにいるスタッフに声をかけた。

私が聞いているのは「コンサートのリハーサル中に1人高熱を出して倒れた」ってことだけ。
この進藤さんって人はここのスタッフの中でも偉い人なんだろうか。
でも、こうなった以上早く帰宅させてあげないと悪化して肺炎にでもなったら大変だと思う。

「このままやりますよ」

点滴でつながれてぐったりしている人が声を出した。

「それは無理でしょ」
木下先生が眉間にしわを寄せる。

「点滴が終わったらリハに戻るから」
進藤さんは木下先生の言葉を無視するように横になったまま木田川さんに言った。

「進藤、行けるの?」木田川さんの問いに
「行けます」と即答する。

何なの、この人たち。
木下先生と私は顔を見合わせた。

「明日のライブを楽しみにしている人達のために中止にするわけにはいかない。だから、もう少し動けるようにしてもらえませんか」

進藤さんは額のアイスバッグを外して私たちを見た。

あ、あれ??
この人って・・・。

廊下がバタバタと騒がしくなったと思ったらノックもなく楽屋のドアが開けられドカドカとジャージやTシャツにジーンズのラフな姿の男性が二人入ってきた。

「タカト、大丈夫か?」
「どんな様子?熱は?高いのか?救急車呼んだ方がいいんじゃないのか?

彼らは進藤さんの横まで来ると「大丈夫か」「うわ、点滴されてる」「意識はあるか」「おい、生きてるか」と騒ぎだした。
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