35階から落ちてきた恋
少し離れたところで固まっている私に気が付いたのは藤川先生だった。

「やあ、水沢さん。水沢さんも買い物?」

先生はにこやかに声をかけてきた。

「あ、ハイ。ちょっとプレゼントを買いに。・・・先生、もしかしてこちらがあの長い間付き合ってるっていう彼女さんですか?」

先生に話しかけられて私のフリーズが解ける。

少し、ぶしつけな言い方になってしまったかもしれないけれど、疑問をぶつけてしまった。
でも、よく考えてみたら、「彼女さんですか?」って聞くだけでもよかったのに、「長い間付き合ってる」っていうのは余分だったかもしれない。
もしかしたら、彼女は彼女でも「長い間付き合ってる」彼女ではない可能性もあるんだから。
わたしはかなり意地悪だ。

藤川先生は私の問いかけににこやかな笑顔を見せた。

そして彼女さんに向けて何か思わせぶりな笑顔を見せたのだった。
それに対して彼女さんの方は苦笑いというかなんとも困ったような微妙な表情をうかべたけれど、すぐに先生にきれいに微笑み返している。

そんな二人の様子に付き合っている6年の間には他人にはわからないいろいろなことがあったのだろうと私に想像させた。
それでも、今二人はとても幸せそうに見える。


「そう。彼女が納涼会の時に話した『研修医時代から付き合っている恋人』なんだ。嘘じゃなくちゃんと存在していたでしょう」

普段と全く違うどや顔の藤川先生がなんだかおかしい。

「夏葉、こちら俺のバイト先のナースの水沢さん」

藤川先生が私に自慢するかのように彼女さんの肩を引き寄せると、彼女さんは恥ずかしそうに私に丁寧に頭を下げて笑顔を見せた。
「初めまして、神尾夏葉です。尚也の職場の方ですよね」

そんな仕草にきれいだけど、ツンツンしているようなイヤな人ではないのがすぐに分かった。

私も同じように頭を下げる。
「ナースの水沢です。先生にはいつもお世話になってます」

私は藤川先生を正面から見た。
「そうですね。ホントにちゃんと存在してたんですね。うちのスタッフに藤川先生の彼女さんにお会いしたって言ってもいいですか?」

「ああ、もちろん。特に木下先生には言っておいて欲しいな。あの人、全然信じてないみたいだったから」と笑った。

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