社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"
私の座る隣の椅子の上には相良さんのジャケットとネクタイが置いてあり、その反対側に後藤さんも座ってミントが沢山入ったモヒートを口に含んだ。


静かにピアノの前に座ると少しだけ目を閉じてから、鍵盤に指が触れる。


「今日は本当に特別な日。大貴は和奏ちゃんに聞いて欲しいんだと思うよ」


コソッと耳打ちした後藤さん。


相良さんが弾き始めたのはクラシックでもジャズでもなく、車でかかっていた国民的バンドの恋の歌。


初めて車に乗せてもらった時に「この歌好き」と言った事を覚えていてくれたんだ。


心地よくアレンジしてあり、ピアノの音色に心が奪われる。


弾き終えた後、バンドの曲をもう一曲弾いてくれた。


余韻に浸っていた時、「おいで」って手を引かれてピアノの前に座らせられた。


「何か弾いてみて?」と無茶振りされて、久しぶりに鍵盤に触れたが、身体は覚えていた様で何となく完奏は出来た。


もう何年間触れていなかったのだろう?


短大卒業してからは全く弾いていなかった。


ピアノが弾けるし子供も好きだし…で、何となく入った短大。


保育学科を卒業しても、保育園の先生に空きがなく、たまたま受かった受付嬢をしていた。


今日忘れていた気持ちを思い出した。


何となくで生きていて、諦めて来た人生をまたやり直せる気がした。
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