ショコラの誘惑


 ああ……これでまた、私の生ショコラは当分お預けだ……


 未練は残るが、諦めるしか仕方が無い。帰り支度を終えて重い足取りで更衣室を出ると、後ろから声を掛けられた。


「――――蘭」


 振り返ると、声の主は真司。彼は手招きをして私をまた事務所へ呼び戻した。今日はノー残業デイだし、明日はバレンタインだ。みんなデートや家族サービスにそそくさと帰ってしまい、部屋には誰もいなかった。


 何だろう? もしかして…もしかして、明日の休暇を受理してくれる気になったのだろうか。


 事務所で彼と向かい合いながら、そんな淡い期待が私の中にむくむくと生まれる。


「蘭、お前の突然の休暇申請理由が分かったよ」


 真司は今まで仕事をしていた机の引き出しから、一枚のチラシを取りだした。


「数日前に街中で配っているのを偶然貰って」


 そう言いながら私に手渡したのは、あの、ショコラトリーのチラシ。


「ここの生ショコラ、確か蘭の好物だったよな。それで気が付いたんだ。店の販売期間も明日まで、お前の休暇願いも、明日」


 真司は私を見て、ニヤリと笑った。


 ――――バレた!ばれた!ばれてる!!


「…ち! 違うよ! そんな理由じゃ……!」

「そうか? 俺へのバレンタインのチョコじゃないのか?」

「違う! 違います! その日は別のショコラが……! あ! いや! あの……その……」

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