ショコラの誘惑
 懸命に否定をすればする程、顔に血がのぼってゆくのが分かった。鏡を見なくても分かる。私はたぶん今、真っ赤な顔をしている。


「そうか、じゃあ俺の早合点だったようだな。お前が喜ぶと思ってたんだけど……」


 真司は慌てふためく私を横目に、同じ引き出しから今度は別の、小さな箱を取り出した。


「ショコラトリーの生ショコラ!」


 思わず声が出て、ハッとして口を押さえる。今真司が手にしているのは、買えないと諦めていたあの生ショコラの箱だったのだ。ショコラトリーのマークが印刷された、こげ茶色の可愛らしい箱は間違いない。


「今朝近くへ行く用事があったから、わざわざ行列を並んで買っておいたんだけど……必要無かったようだな」


 ――――この鬼畜眼鏡!


 彼は私が喉から手が出る程欲している生ショコラの箱を手に、またニヤニヤしながら眼鏡越しに私を見ている。


「じゃあこれは、部長への世話チョコにでもしようか。部長は甘いものには目が無い人だから」

「あっ……!」

「何だ? 蘭」

「いえ……」

「蘭?」


 彼は私の名前を呼びながら、近づいて来る。


「蘭、言いたい事があるじゃないか?」

「…………あ、ありません」

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