ショコラの誘惑
 とうとう真司は私の目の前まで来ると、手にしている生ショコラの箱をチラつかせる。猫のように私が飛びつくとでも思っているのだろうか。しかしそれもあながち間違いではない。事実、今にも理性を忘れて飛びついてしまいそうだった。


「嘘をつく悪い子にはお仕置きが必要だな、蘭」


 真司は私の耳元でそんな言葉を呟いた。これほど恐ろしい悪魔の言葉があるだろうか?


「……ショコラが、食べたいです」


 私が消え入りそうな声でそう言うと、彼は満足したのかにっこりと笑った。


「よくできました」


 私はとうとう屈服したのだ。やっぱりどうあがいても、彼にはかなわない。真司はニヤニヤと笑いながら、ずっと手にしていた生ショコラの箱をやっと渡してくれた。

 彼にはしてやられたけれど、やはり手にすると本当に嬉しい。さっきまでの恐ろしいやり取りをすっかり忘れ、ウキウキと箱の蓋を開ける。

 そこには――――


「――――え?!」

「――――ん?」


 箱は小さいけれどその中には、十二個の生ショコラが可愛らしく詰まっているはずだった。でも今目の前には、箱の角にちんまりとたった一個のショコラがあるだけ。そして真司は箱を見つめたまま呟く。


「俺はこんな風に底意地が悪くて、いい大人なのに食い意地の張った同僚を一人知っている」

「そうですね……私も知っていると思います」

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