蜜月同棲~24時間独占されています~
克己くんの顔が怖くて、黙っているわけにもいかず嘘をつくわけにもいかない。
会社から自主退社を勧められたことは言わずに、どうしても居づらくなって、とそれだけを退職の理由にした。


「……そんなわけで……三月末……今月中に退職することになりました」


目の前で、克己くんの顔は一層怖いものになっている。


「……ほんとに、柚香から辞めるって言ったのか?」

「そ、そう。ほんと」


嘘は吐いていない。
今日、私から人事にそう言いに行ったし無理強いされてたわけでもない。


自主退職を提案されていたことは、言ったらまずそうだと思ったのだ。
克己くんは今は自分の会社を起こしているけれど、いずれは星和堂を継ぐ人なのだ。


関連会社が、自主退職者を募らなければいけないほど困窮していることを知ったら親会社としてはどう対応するのだろう?
経営側の事情や方針なんて私にはわからないから、告げ口みたいなことをしたくなかった。


じっと私を見る克己くんの目は、何か心の奥を覗かれているような気にさせられて、少し怖い。


「引越し先も探さないといけないし、住み込みとか社宅付きの仕事とか探す方がいいかなって!」

「そんな簡単にいくわけないだろ」


ぴしゃん、と厳しい声でそう言われて、二の句は出てこなかった。
その通りだ、再就職なんてそんな簡単なことではない。


「……そう、だけど」


わかってはいるけれど、もう精神的に限界だったのだ。
何かひとつ、悩みを減らさなければと必死だった。


小さくなって俯く私に、更に克己くんの言葉は続く。


「それに、なんですぐ俺に言わなかった?」


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