蜜月同棲~24時間独占されています~
震える唇を一度強く噛み締めた。それから深呼吸をして、新田さんに目線だけを向ける。


「おはようございます」

「おはよう。一緒に行くのも気詰まりだろうから課長には俺が報告しとく。柚香からは後で挨拶だけしとけばいいから」


互いににこりとも笑わない、淡々とした会話はおよそ結婚前のふたりには見えないのだろう。さやかが眉を顰めて私と新田さんを交互に見るが、彼は後は何も言わずにさっさとオフィスに入って行った。


「ちょっと……柚香? ただ事じゃないよね?」

「うん。破談になった」

「え……」


泣くまい、と顔を覆って再び深呼吸をする。吐く息も鼻も目頭も熱を持ったように熱かった。手を少しずらして目だけ覗かせると、絶句したままのさやかに言った。


「後で、昼休みに話すから」


まだ何か言いたげなさやかの手を引きオフィスへと促そうとした、その後ろに見えた姿に足が止まる。青ざめた顔で歩いてくる綾奈の姿が見えた。


「……おはようございます」


ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかの、小さな声で会釈をした彼女は、私を見る勇気もなかったらしい。目は逸らされたままでそそくさとオフィスへと入って行く。


ふ、と溜息が漏れた。この調子ではきっと、今日中に噂になってしまうだろう。私たちが破談になったことと、その経緯まで憶測が飛び交うに違いなかった。

< 9 / 200 >

この作品をシェア

pagetop