琥珀の奇蹟-MEN-

『こんなこと言うと、本当におかしいと思われてしまうのかもしれないけれど、私ね、今から主人の最期を看取ろうというのに、そんなに悲しくはないのよ』

真っすぐ前を向いたまま、ゆっくり話す姿は、高齢を感じさせないほどに凛として、妙に美しくさえ見えた。

『私も主人も、充分歳を取ってしまったし、お互いどちらが先に旅立っても後悔することは無いというのもあるけれど…あの人とは何と言うか、ずっと昔からもっと深いところで繋がっているような気がしてねぇ…これで終わりな気が全くしないのよ』
『…それは、いわゆる惚気ですか?』
『ふふ…そうねぇ、少なくとも、悔いのない程に愛されていたのは、間違いないはずだわ』

一つの迷いなく自信たっぷりに答える老女の話は、ほっこりと胸に温かく広がり、こちらまで頬が緩んでしまう。

『幸せな人生を送られたんですね』
『ええ、とっても!…なんて、こんなお婆ちゃんが話しても、伝わらないかしら…それに、今日はこんな嬉しい奇蹟が起こるなんて…』
『…奇蹟?』
『実はね、こんなこと言ったら気分を害するかもしれないけれど、あなた、少し主人の若い頃に似ていて、あの頃を思い出したの…あの懐かしい愛おしい毎日を…』

心なしか頬が赤く染まり、照れたように笑う様は、一瞬実年齢よりもいくつも若返ったように見えた。

その笑顔は、何故だかどことなく柚希が照れ笑いした時の顔に似ていて、こちらの方こそどうにも不思議な感覚にとらわれてしまう。
< 43 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop