白衣の聖人による愛深き教示

 頭の中だけであれこれと計画を立ててみても、ふとそれが自分だけの妄想かもしれないと思い作業の手が止まる。
 だけど何度つねっても頬は痛くて、そのたびに理子先輩ににやにやと横目に見られながら、業務を終えた。

 私服に着替えてから、成京銀行が入るビルのエントランスまで降りる。
 これから予定があるという理子先輩は地下駐車場に向かうため、エレベーター前で別れた。
 そういえば、久保泉先生はもう帰ってしまっただろうか。
 外の寒さを覚悟してコートの襟を合わせながら、先生を想うと心と頬がとても熱くなってきた。

(先生は本当に私と結婚を……?)

 絶えず渦巻く非現実的な出来事に鼓動は落ち着かない。
 早く土曜日になって、これが夢じゃなかったと思いたい。
 とぼとぼと帰路に足を向けながらも、往生際悪くもうあとひと目だけでも先生に会いたいと思うのは、彼に恋してから毎日願っていたことだ。
 先生の業務終了は18時。タイミングがよければ、帰宅時間が合う。
 いつものように、ひと目見られたら今日一日のご褒美だとガラスの自動ドアの前で祈り振り返った。
< 14 / 19 >

この作品をシェア

pagetop