白衣の聖人による愛深き教示
 こんなふうに耳元で先生の声を聞くなんて、あの時以来だ。
 新入社員研修、初日。
 緊張のあまりほとんど眠れずのまま臨んだ。
 やはり人は睡眠なしでは生きられない生き物なのだと思い知らされたのは、研修開始から二時間が経った頃。
 休憩時間になりトイレに立った私は、案の定ひどい目眩に襲われて、廊下にうずくまったのだ。
 気づいた同期の子たちが連れて行ってくれたのが、久保泉先生が在籍する医務室だった。

 ひと目で胸を高鳴らせたのは、それまでの私の二十二年の短い人生の中でも、彼が初めての人だった。
 すらりとした長身にまとう清潔さしか感じない純白の白衣には、きちんとネクタイが締められていて、紳士の様相を際立たせていた。

『まずは横になりましょうね』

 とても耳ざわりのいいやわらかな声音にうっとりとした私の目を覚まさせた。
 うつろな頭でも、しっかりと耳に届いた優しい声の主。
 ぼやけた視界に糊のきいた白衣がやけに輝かしく見えた。
 夢うつつに揺られ体が宙に浮き、ふわりとベッドに下ろされたとき、胸元のネームプレートの写真にまず、鼓動が乱れた。

【久保泉聖人】

 名は体を表すとはよく言ったもので、聖人君子のような穏やかな笑顔が、私を見下ろしていた。
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