それでも、幸運の女神は微笑む
見ず知らずの私の怪我の手当てをしてくれたムッシェさん。

根気強く異世界語を教えてくれたムッシェさん。

頭を撫でてくれたムッシェさん。


優しい、ムッシェさん。



怖いはず、ないのに。

そんなの失礼なのに。


『なんで・・・?』






強く強く握られた左手が、離されて、そのまま頭にムッシェさんの手がのる。

昨日はあんなに照れ臭くも嬉しかったそれが、今はどうしようもなく嫌だった。


だってまるで、ごまかしているみたいだ。


何をかはわからないけど、ごまかしている。

わかるよ、言葉が通じなくったって。



「むっしぇ」




消えてほしくなかったものが、消えてしまった?





「アサヒ、すまない」






—————違う。


消えてはいないのに、塗り潰されて見えなくなってしまったんだ。






「むっしぇ」



嫌だよ。

ねぇ、なんで?


なんで温かなものを塗り潰してしまうの?


謝るくらいなら、変わらないでよ。





訳がわからなくて、泣いてしまいそうだ。



やっぱり、傷が綺麗に消えていたのがダメだったんだ。

だけどそんなの、私にはどうしようもないんだよ。




・・・怖い。


言葉がわからないことが、こんなに怖いと感じたのは、初めてだ。





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