それでも、幸運の女神は微笑む
唇を噛み締めたとき、ノックの音がした。


「少し待っててください。
アサヒ、服を着て」



ムッシェさんに服を着るジェスチャーをされて、私はハッとした。

左肩を見せるために脱いでいた服を、慌てて着る。


私が着たのを確認して、ムッシェさんが声をかければ、ラギアが入ってきた。

変わらない淡々としたオッドアイにほっとする。




「愛し子様、お待たせして申し訳ありません」

「いい」

「アサヒについて、少し聞いてほしいことがあるんですが」

「なに?」

「アサヒはどうやら、傷の治りが早いようなんです」

「へえ」

「昨日の噛み痕が綺麗に消えていました」

「そう」

「ですから、アサヒのその能力がよくわかれば何か役に立つと」「だめ」

「・・・・・・は?」



何やら話始めたムッシェさんとラギアだったけど、ムッシェさんが突然ぽかんと口を開けた。



「だめ、ですか?」

「うん。だめ」

「なぜ?」

「なんとなく」

「ええ?」


ムッシェさんが困惑しているみたいだ。

ラギアの表情はピクリとも動かないけれど。



「なぜですか。アサヒほど治癒能力が早い者など滅多にいないでしょう」

「だめ」

「だから、なぜ!」

「なんとなく」

「なんとなくではわかりません!」

「うるさいな。
俺にたてつくの?この“俺”に?」




ラギアが何か言った途端、ムッシェさんは口をつぐんだ。

ラギアは怒鳴ったわけでもない、変わらない淡々とした口調なのに、ムッシェさんは顔を青くしている。






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