それでも、幸運の女神は微笑む
目を見開いて、微動だにせず突っ立っている私を見て、彼は緩く笑う。

そうして、私の方へと近づいてくる。



私はそれを、見ていることしかできなかった。




だって、脳が上手く働かないんだ。



ここは異世界で。
ここには日本はなくて。


そう、思っていた。考えていた。

けれど、違ったの?



もし、そうなら––––




『その様子だとアタリみたいだね。
君はニホンジンか』


・・・ん?

ニホンジン?なんだか微妙にイントネーションが違うような。



『あ、あの、あなたは・・・』

『ああ。残念だけど僕はニホンジンじゃないよ。
「チェナティッド」人だ』

「ちぇなてぃっど?」


って。



『3年前まで「あぐねしあ」と戦争してた?!』

『そうそう。あ、でも僕は怪しくないから』

『どこらへんに怪しくない要素が?』

『ここらへん』


にっこりと弧を描いた唇を指差す彼。

そこしかないじゃん!


彼は憮然とした私に笑って、いつのまにかがっちりと窓枠を掴んでいた私の手に、黒い手袋に包まれた手を重ねた。




『ねえ、帰りたい?』


口元に笑みを浮かべたまま、楽しげに彼は問う。

その質問に、私は一瞬ためらったけど、すぐに頷いた。



帰りたい。


言葉が通じる、無条件で私を笑って受け入れてくれる、優しくて温かいあの世界に。

私の、ホームに。



『帰りたいっ・・・』


バカやって騒いで。

降りかかる不運にすったもんだして。

ちょっとしたことで声を上げて笑って。


そんな、なんでもない日常に帰りたい。




考えたら辛くなるって。

崩れるって。

頑張れなくなるって。


そう思って無視していた感情が、爆発するように噴き出して。






涙が、こぼれた。





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