それでも、幸運の女神は微笑む
『帰りたいー・・・』


震える声で、うわ言のように呟く私の手を、大きくてゴツゴツした、温かな手が優しく撫でた。

そうして、どこまでも慈悲深い聖職者のような声が優しく言葉を紡いだ。





『帰れないよ』








束の間。


本当に時が止まったように感じた。



『帰れ、ない・・・?』





ぽかんと繰り返した私に、彼は繰り返す。




『帰れない』

『な、なんでっ』

『わからない』

『な』

『ただ』


静かな、けれどハッキリとした意思を持った声が、私の頭に響く。




『僕の知っているニホンジンは帰れなかった』


その声は、どこまでも真っ直ぐで、真摯で。

だからこそ、どうしようもなく残酷だった。



『その日本人は、今』

『彼は数年前に亡くなっている。老衰だった』

『そ、れは』

『彼は、僕の祖父だった』


唐突に。

彼が被っていたフードを脱いだ。



私よりは彫りが深いけれど、今まで会ったこの世界の人たちに比べれば浅い顔立ち。

夜の闇のような黒髪と黒目。

何より懐かしいのは、アジア人特有の黄色がかった肌の色だった。



『今まで名乗らず失礼だったね
僕はユーヒという。君は?』

『旭。私は、旭』

『アサヒ。最後の音が似ているね。
祖父が名を付けてくれたからかな』



日本人が付けたユーヒという名前。

ユーヒ、ユウヒ・・・ユウヒ?




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