黙ってギュッと抱きしめて
「恋人とかときめきとか、そういうのもう一切いらないから黙ってギュッと抱きしめてくれる人がほしい。」

 自分よりも大きな体にギュッと抱きしめられる、あの瞬間がたまらなく好きだ。全身を包む温みも、香りも。

「…しようか?」
「え?」

 妙な間ができる。しかし遥の目はいたって真っ直ぐだ。

「ってその前に片付けか。はい、貸して。洗い物やる。」

 ひょいと皿も箸も片付けられてしまう。手際よく鍋も片付けてしまうその背中を見つめながら、一瞬の出来事を反芻した。

(…しようか?しようって何を?ハグ?)

 あまりにもさらりと言われた4文字。何をするか、がはっきりしない。しかし、文脈をたどって考えるのであれば、そこに省略された言葉はハグだろう。
 きゅっと蛇口を閉める音が耳に届いた。手を拭いて、ゆっくりとリビングに遥が戻ってくる。

「決まった?」
「な、何が?」
「え、だからさっきの話。」
「さっきのって…。」
「なにどもってんの?そんなにハグ好きなら、ハグくらいしてやろうかって。フリーハグだっけ?そんなんもあるくらいだし、減るもんじゃないし。」
「…それも、そうか。」

 過剰に反応しすぎた自分が恥ずかしい。遥相手に考えすぎもいいところである。変な恥ずかしさで心拍数が少しおかしくなってしまった。

「ん。」

 目の前に広げられた意外と長い腕。ここに飛び込めというのか、私に。恥ずかしさは拭えないが、ストレスフルな毎日を少しでもいいからストレスレスにしたい気持ちが勝った。恥ずかしいから、顔をそのまま埋めるようにしてそっと体重を預けた。

 ギュッと体温が近付く。心音が聞こえて、ホッとする。
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