駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
いつもと変わらない金曜日

いつものように、あの男は朝から笑顔を振りまいて現れた。


無愛想よりはいいのかもしれないが、彼の場合は存在自体に問題があるから、タチが悪い。


瀬戸薬品の御曹司であり、次男、そしてモデル並みの高身長に、アイドル、いや今人気のイケメン俳優に負けないルックスで独身とくれば、女達が彼の彼女のポスト、あわよくば妻の座を虎視眈々と狙っている。


彼に少しでも近寄ろうとするあざとい女達が、彼の出社を待ち構え現れた瞬間、彼を中心にしてエレベーターまでの数十メートルを取り囲み円を作って歩いて行く。


「南さん、髪型変えたんですね。似合ってますよ」


女性達にまとめて『おはよう』の挨拶を済ませた瞬間、目についた女性に特上の笑顔で声をかけている。


声をかけられた南さんは真っ赤になって、その場に立ち止まり放心状態。


そしてまた、目についた女に


「高倉さんの口紅、我が社の春の新色ですね。似合ってますよ」


彼女もまた、歓喜に目を潤ませその場に立ち止まる。


エレベーターに乗るまで彼の態度が女達を惑わし、女達に期待を持たせるのだ。


罪な男…


彼の本性を知らない彼女らは、夢を見て今日も彼の手のひらに踊らされているのだから。
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