駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
「彼女にキスして何が悪い」
「部長なら公私混同は分けてください」
「ちぇっ…」
目の前のつれない彼女は、先程まで蕩ける表情をしていたのに、いつもの彼女に戻っていた。
「始業時間、過ぎてます」
「わかってるよ」
エレベーターのドアを開けるボタンを押して、いつものように彼女を置いて先にドアの向こうに歩いて行く。
だが、いつもと違う。
緩む表情を何度も引き締め、仕事モードにスイッチを入れた。
背後を追いかけるように小走りで歩いて来る彼女の表情が、どんな顔をしているのなんて知らない男。
つれない態度は、恋する気持ちから自分を守る為の彼女の武器。
だけど、それももう、必要がない。
先程は、冷静さを保つ為につれない態度を取った彼女だが、男の背を追いかけながら頬が緩んでいた。
彼女だって…
今日、この瞬間から私だけの彼だ。
しばらくがどれだけの期間を言うのかわからないけど、浮き立つ気持ちは止まらない。
緩む頬を押さえ、仕事モードに切り替えようと必死になっているなんて彼は知らないで、いつものように首を回して歩いて行く。
最悪な金曜日から、まさかの展開に足取りも軽やかになり彼を追い越していた。