駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
いつもと違う男と女
始業時間が過ぎていて、慌てて席に着き今日の仕事を始めようとパソコンの電源を入れた。
真っ暗な画面に映る自分が消え、明るくなるその向こうに見える男も、いつものようにパソコンに電源を入れて、既に仕事を始めていた部下に指示を出し、難しい表情をして画面を睨んでいる。
いつもと変わらない光景
数分前の出来事が嘘のようだ。
目の前の書類に集中しようと思うのに、まだキスの余韻が唇に残っている感覚を指先で辿り、頬が熱くなる。
夢じゃない…
ジーンと熱い唇に触れたまま、口紅が彼の唇に移らなかったのだろうかと彼の唇をジッと見てしまうが、わからなかった。
いくら落ちない口紅でも、あんな濃厚なキスを重ね何度も唇を食まれれば、自分の唇に塗った口紅は剥がれているかもと、机の引き出しから手鏡を出して確認していたら、目の前の画面にメールが届いた。
『俺とのキスはそんなに良かったか?』
『蕩けた顔をしながら唇を触って誘惑してるのか?』
『周りの奴ら、勘ぐってるぞ』
続けて届いた文面に頬が熱くなり、そして言い掛かりにムカっときて、慌てて身を縮め辺りを探ったが、いつもと変わらない光景。