駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
突然立ち上がった事で、周りの視線を感じているが、気にならないほど敵わなかった男に苛立っているのだ。
少しも動じない男は、いつもと変わらない。
「立ったついでに、コーヒーを頼む」
こちらを見ようともせず、視線はパソコン画面を向いている。
もう…
やり場のない苛立ちに追い打ちをかけるように、男性社員からもコーヒーを頼まれる。
もう、もう…自分で入れなさいよね。
心の中で何度も繰り返される。
広報室には、パーテションの向こうにいつでも飲めるように設置されたコーヒーメーカーが置かれている。
飲みたければ、各自で入れるのがここのルールなのだが、誰かが動いた時は、こうして一斉に頼まれることがある。
その、誰かは大抵、自分なのだが今日は素直になれない。
みんなブラックを好むが部長のコーヒーにだけ、シュガーをたっぷりと入れてトレーに載せて戻った。
パソコン画面から目も離さず、『ありがとう』と言いながら受け取らないのは、いつもの事。
「ここに置きますね」
頷き、こちらを見ようともしないのは、集中している時で、いつもこうだから気にはならないが、コーヒーを飲んだ彼の表情が崩れる姿を想像して笑みが溢れていたらしい。