駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
「何かいいことでもあったのか?」
画面を見ながらでも、こちらの表情は見えていたらしい。
「いえ、特には」
パソコン画面に隠れて、部下には見えないからと訳知り顔で口元に笑みを浮かべる男。
先程のやりとりで、私が一喜一憂している姿を面白がっているのだと思う。
その笑みも今だけなんだから…
無表情を貫き、頼まれたコーヒーを配りにその場を離れた。
すると
「うわぁ、なんだ」
大きな声に振り返れば、顔をしかめた男がこちらを恨めしそうに睨み、一気に飲み干していた。
大きな声に、部下である彼らは仕事で何かあったのかと心配気に彼を見つめているが、私は素知らぬふりをして淡々とデスクの上に配って行く。
彼らは『ありがとう』と言いながらも、視線はまだ部長に向いている。
「なんでもないから、集中しろ」
そう言われては、部下の彼らも目の前の仕事に取り掛かるしかない。
なにせ、各々、山程の量を抱えているのだ。
一時だけシーン静まった部屋に、キーを叩く音があちらこちらから聞こえ出す。
私は、トレーを戻しにパーテションの向こうに身を隠し、小さくガッツポーズをする。