駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
しかし、動く顔から彼の手も、甘い空気も振り払えない。
正直に言えば、その憎たらしい表情を変えるかもしれないなんて、懲りもせずに思いついてしまったら言ってしまっていた。
「…キスしてでも、どこか冷静な部長の表情が変わる姿を見たかったからって言ったら、見せてくれますか?」
部長は、ふっと優しく笑う。
「里依紗からキスをされたら、冷静じゃいられないかもな…試してみるか?」
コツンと額を合わせ、待ち構えている唇がすぐそこにある。
整った顔で悪戯に誘惑する男は、私からキスができないとわかっていて誘う。
「ずるい。まだ会社にいるのに…そんな事言うなんて、ずるいです」
唇を引き結び、また敵わなかった事に悔しくて目が潤んだ。
「今、試してみろなんて一言も言ってないだろう」
勝ち誇るように、頭を撫でなだめる男の手を振り払った。
「そうですね。私の早とちりでした」
確かにそうだ。
今なんて一言も言ってない。
だけど、キスしろって雰囲気だったじゃない。
もう、もうなんなのよ。
腹立たしさに、後腐れのない女を演じる事も忘れて自分のデスクの足元から鞄を掴み取り部長を見た。