駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
まさか目の前に俺がいるなんて思いもしなかった彼女は、驚きで口を開いていた。
「おい、勝手に帰るな。…俺を置いていくなんて…
どういうつもりだ?」
エレベーターの中から、彼女の腕を掴んで外に連れ出した。そして息を整えながら、乱れた髪を撫でつけ彼女を睨んでやる。
「部、部長⁈まさか階段から走って降りてきたんですか?」
「あぁ、そうだよ」
正確には、階段を何段も飛び降りてだけど、かっこ悪くて言わない。
「フッ、ふふふ。…うそみたい」
「何がうそみたいだ?俺だって階段ぐらい使う。それよりも、さっきの答えを聞いてないけど、どういうつもりなんだ?答え次第では罰を与えるけど!」
里依紗の下瞼に残る涙の残りを人差し指で拭い、彼女を追いかけて必死に階段を降りた姿を想像させないように脅した。
「えっ?なんのことです?」
「だから、なんで…俺を置いて勝手に帰ろうとしてるんだよ」
「…なんででしょう?忘れました」
ハァッ⁈
うそだろ…
「泣いてたんじゃないのか?」
人差し指に残る彼女の涙を見せたが、クスクスと笑うだけで、答えてくれない。
「なんで笑うんだ?」
「笑ってませんよ」