駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて

そう思った瞬間、焦らすように唇が離れ無意識に自分から彼の唇を追いかけている。


離れてしまった唇が、意地悪く笑みを浮かべた。


「仲直りのキスはこれぐらいしてもらわないとな」


こんな濃厚なキスは自分からなんて、とても無理だ。


身体の奥底で小さく灯った欲情の火は、放置されたままで熱くなっている顔を冷やそうと冷たくもない手を添え、意地悪な彼を恨みがましく睨んでいた。


こんな状態で、すぐには職場に戻れない。


あんな濃厚なキスを仕掛けてきた張本人は、澄ましたまま余裕な表情でいるのが、本当に憎らしい。


「そろそろ戻らないとな…」


ちらっと腕時計を確認した彼は、頬に添えていた私の手首を掴んだまま頬から手を離すと、もう一度、軽く唇を重ねて最後に甘く下唇を食んでいく。


そして、手首から離された彼の手は、行き場を失った私の手をすり抜け頬に手を添える。


「その顔、冷ましてから来いよ」


欲情している身体に、意地悪なキスや、肌に触れられると甘美な毒でしかない。


じわじわと蝕んでいくのだから…


さっきまでの苛立っていた男は、今はとても甘い。


彼の指先がゆっくりと頬を撫でるだけで、うっとりと声が漏れる。
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