駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
それに気を良くした優也は、開いた唇の輪郭を指先でなぞりながら、
「今日の夜の予定は?」
「……家に帰るだけ…です」
彼の指先が唇に触れた状態で答えた。
「一緒に帰ろう。晩御飯、何が食べたいか考えておけよ」
そう言うや否、背を向けドアの錠を開け出て行った。
1人残された会議室で、何を言われたのかと放心した後、すぐに意識は戻ってきて心が沸き立つ。
ウソでしょう⁈
まるで、恋人に向けたような蕩ける声と甘く見つめる目が思い出され、その場で腰が砕けたようにしゃがんでいた。
恋人関係じゃないのに勘違いしそうだ。
違うのに…
彼は、きっと意味もなく誘ったはず。
それなのに、どうしようもなく嬉しいのは彼の事が好きだからだった。
どうしよう?
まるでデートみたい…
違う
ただ、同僚としてご飯を食べに行くだけ…
自分自身に言い聞かせても、それでも嬉しさは込み上げていた。
なんとか冷静な自分を取り戻し、デスクに戻ったのは一息つくには長すぎるほど時間が経っていた。一瞬だけこちらを見た一人を除いて、それに気がついた人はいない様子にホッとする。