駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
みんな、集中している。
いや、必死になって終わらせようとしている雰囲気だった。
定時を過ぎ、残業のない私はパソコンの電源をおとして、まだ仕事をしているふりをしながら彼の様子をうかがっていた。
駆け込むように部長である優也の元に仕上がった書類を提出していく同僚たち。
一人、そして一人と、疲れ切った表情を浮かべながら『お疲れ様』と声もなく手を上げ帰って行った。
残された私と、優也。
シーンと静まるなか、紙のカサつく音と捺印を押す音、そして最後の確認作業が終わったかのように机の上で紙を整える音が聞こえ、彼を見ていた。
デスクの引き出しを開け、締錠する音がしたと同時に彼がこちらを見つめた。
「待たせて悪い…何を食べたいか決めたか?」
突然の事に、何も考えていなかった私は、ただ首を横に振るだけしかできない。
彼は席を立ち、上着に袖を通した手で鞄を掴み、反対の腕の袖を通しながらこちらに歩いてきた。
彼のスムーズな動作に出遅れて、鞄を掴むのが精一杯で椅子から立てないでいた。
そんな私の手を引き、立ち上がらせて肩を抱くと頭部にキスをする男。
…あまい
顔が熱くなる。