駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
「無駄な色気出さないでください。私に通用しません」
彼の手のひらから蒸しタオルを奪い、ぞんざいに瞼に乗せてしまう。
「手強いな」
ボソッと呟く彼。
何が?
彼に強く出るのは、他の女達と同じ土俵に居たくない私のせめてものプライドだ。
聞こえないふりをして、仕事に取り掛かるふりもいつもの事で、内心はドキドキとしている。
握られた手には、彼の手の感触が生々しく残っていて、その手のひらだけが別の生き物のように感じるほどだった。
その彼の感触は終業時間になる頃には、何もなかったように感触は無くなっていた。
残念…
そして、その感触を残した男もいなくなっていた。
やっぱりね…
一夜の相手とデートに行かれたらしい。
なんとも言えない気持ちが沸き起こり、悲しくなるのは私の勝手だ。
私も、誰かと過ごそう…
「お先に失礼します」
「お疲れさま。また来週」
男性社員は今日も彼にこき使われ疲労困憊といったように机に上半身を倒し、疲れた表情で手を振り送り出してくれる。
そして私もいつもの金曜のように、夜の街へ歩いて行く。
この時、私のお気に入りの場所に彼が現れるなんて想像もしていなかった。