駆け引きは危険で甘く、そしてせつなくて
いつもと変わらない金曜の夜なのに
駅の中心街から少し離れて建つ会社から、私のお気に入りの場所はひと駅分の距離にある。
いつものように地下鉄を使い駅構内にあるトイレで化粧を派手めに直し駅前に出ると、スクランブル交差点を右折してしばらく歩く。そして見えてくる[コンフォルト]は、昼間はカフェとして営業し、夜はダイニングバーとして人気のあるお店だ。
ここに来れば、私は工藤里依紗ではなく理沙になる。
遊び慣れた女を演じ、今日もいつものようにお店のドアを開けた。
開けた瞬間、Jazが流れてきて変わらないなぁと思う。
「理沙、いらっしゃい。いつもの席空いてるよ」
顔馴染みになって仲良くなった店員、誠が私に気がついてカウンター席を顎で指し、ビールジョッキを両手にいくつも持ちテーブル席へと歩いて行く。
私は一番奥のコの字になっている隅のいつものスチールに座ると、まだ何も頼んでもいないのに出てくるグラスビール。
「おつかれさん」
「マスター、ありがとう」
「いつものでいいんだろう!」
「お願い」
少ない会話で通じてしまうほど、常連になってしまっている事に苦笑いで答える。
鞄を隣の空席に置いて、とりあえずは誰にも座らせない。