月が綺麗ですね
疲れたように髪をかき上げる飯塚さんの目の前にコーヒーを置くと、「ありがとう」副社長と同じ言葉を彼女は口にする。


「お疲れさまでした。向こうはまだ寒かったですか?」

「ええ、雪が残っていたわ」


飯塚さんの顔にはいつもの元気はない。北海道での仕事がどれほどのものかは分からないけれど、彼女の様子からして相当ハードだったことはうかがい知れた。

それでも留守の間の報告を、眠気をもよおすことなく私から聞いている。

副社長のホリックワーカーぶりにも目を丸くしたけれど、飯塚さんの秘書魂にも感心せずにはいられない。

定時間近だったら直帰。なんて考えは絶対飯塚さんにはないだろう。真面目なのか、お妃候補の文字が常に頭にあるからか。それとも私の仕事ぶりを心配して帰れなかったのか。



「4日も開けるから少し心配だったのだけれど、何事もなく仕事を処理できたようね」

「はい、三浦さんや北林さんにも助けて頂きながら何とか」

「北林の名前は言わないでちょうだい」


苦虫をかみつぶしたような顔で私の作った書類に飯塚さんは目を通す。


「...はぁ?」


二人の間にまた何かあったのかな?

まあいいや。あとで三浦さんにでも聞いてみよう。
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