月が綺麗ですね
視線を飯塚さんに移すと確かに辛そうだ。誰が見たってそう思うはず。


私は笑顔を作ると、

「飯塚さん疲れた顔してますよ。後は私が引継ぎますから、安心して帰って下さい」

「...でも」

「これは命令だ」


副社長は飯塚さんの肩にポンと手を置いた。


その行為は秘書室のお姉さま達を、一瞬で色めき立たせた。


何とも言えない空気が秘書室に漂い、飯塚さんの瞳から涙が溢れそう。


「...副社長」


飯塚さんの口から絞り出された言葉は、熱を持っているように私には聞こえた。


上司が部下の肩を叩く。それ自体はたいしたことじゃない。場合によってはセクハラだと言われることもあるけれど、私だって以前いた営業三課の課長からよくそうされたし。けれど秘書室では違う意味を持つようだ。そんな空気だった。

私の心はズキンズキンとそこに病巣でもあるかのように痛み始めていた。

違う意味で私も泣きたかった。


私やっぱり飯塚さんに嫉妬してる。抑えようとしているのに、抑えられない。


所詮、私だってまだ単なる花嫁候補のひとりにすぎないんだから。


飯塚さんも私も同じラインに...ううん、飯塚さんのほうが遥か先を行っているはず。

苦しい...。

二人の姿が私の胸を絞めつける。
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