月が綺麗ですね
飯塚さんを見送った私は複雑な感情を抱えて副社長室のドアの前に今、立っている。

ノックをしようとして、ためらい、宙に浮いたグーを力なく下に降ろす。


さっき飯塚さんに見せた副社長の優しさ。頬を赤く染めた飯塚さん。色めくお姉さま達。

何故か副社長と飯塚さんを包む空気がキラキラしていたような...。

少し前の光景がフラッシュバックする。


結局私は勘違いをしていたのかな?


副社長とは、あの夜...羽田のホテルでの出来事以来の再会だった。

彼が出張に行っている間、特に電話やSNSでの連絡は一切無し。


...私たちってどういう関係なんだろう?

言葉で『彼女』とかは言われていないし、『好きだ』と言ってくれたわけでもないし。やっぱりただの上司と秘書?
きっとそうだろうな。取りあえず花嫁候補として秘書室へ呼んだ。そんなところかな。


あの夜のキスは、ただ感傷的になっててそれで勢いでした。ってのがオチかな。

ひとりで舞い上がっちゃって恥ずかしい。

飯塚さんも副社長とキスしたことあるのかな?


さっきからズキンズキンと胸が切ない音をたてている。それはとどまる事を知らず、さっきより激しさを増している気がする。


バカだな私。

ため息が漏れる。

副社長に心を奪われて、結局花嫁候補の戦いに参戦してしまうなんて。

でも心って不思議。一度好きになってしまうと抑えられない。想いは溢れて来るし、負けたくないって思ってしまう。


まさか...。副社長はそうなるよに仕向けたの?

だとしたら...。私はまんまと彼の術数に落ちてしまった。

引き返す事の出来ない修羅への道を私は歩き始めてしまったみたいだった...。
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