月が綺麗ですね
ドアレバーから手を離して、副社長は立ち尽くす私の横を普通に通り抜け、デスクへと向かうと私と向き合うように机の上に直に座り長い足を組んだ。


掛け時計の秒針は音もなく文字盤を滑るように進んでいる。


「...大口さんのことなんだが....」


無意識にギュッと拳をつくる両手は次第に血の気が引き体温を無くしてゆく。

私の瞳には副社長が口を動かしている姿が映っている。間違いなく彼は何かを話ている。なのに言葉が頭に入ってこない。右の耳から左の耳へ水が流れるように抜けていく。
そんな感覚を自覚しながら、それを正そうともしない私はまるで蝋人形のようにただその場に立ち尽くしていた。



「.....で、お前はどう思う?」

「........」

「進藤、俺の話を聞いていたのか?」

「えっ、はい」

「大口さんの奥さんが落ち着いたら、今後の事を相談するために一度会いに行くことだ」


「そ、それでよろしいかと思います。奥様も安心されると思います」


私の様子をうかがっていたが、呆れたように副社長はため息をついた。
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